019 渋滞とバスのドライバー 2007年9月
福井大学教育地域科学部 准教授 手塚 広一郎

羽田空港からバスに乗って和光市方面に向かっているときのことです.たまたま,私はバスの前のほうに座っていました.運転手の無線でのやり取りの様子などが聞こえてきます.記憶が定かでないのですが6月の金曜日でおおよそ時間は午後10時ごろだったと思います.神田橋ジャンクションのあたりで,それまでスムーズだった車の流れが急に悪くなりました.その後,おおよそ15分くらい渋滞が続きなかなか前に進みませんでした.

ちょうど竹橋ジャンクションを過ぎて飯田橋あたりに入ったころ,道路の向かい側の建物の付近で大きな工事をしていました.窓の外を見て「工事の照明がまぶしいな」と感じたそのときです,ドライバーがおもむろに無線をとってこう言いました.

『首都高の竹橋付近にかけて生じた渋滞ですが,飯田橋付近の工事現場にて照明が強すぎる場所があります.渋滞の原因はこの照明です.』

あ.たしかに!まぶしい場所を過ぎたら車の流れが一気に良くなりました.これはすごい.私はドライバーに「なぜそれが渋滞の原因と分かったのですか?」と聞きたい衝動に駆られました.(残念ながら,変な人だと思われるかもしれないと考えて控えましたが.)後になって,照明のまぶしさによって,人々が無意識のうちに車を減速させ,それが結果として渋滞を起こした原因になったという仮説(理由付け)を考えました.

しかし,仮に上のような質問をしたら,ドライバーは『経験的に分かりますよ』と答えるように思います.というのは,本人や他のドライバーたちにとっては当たり前のことで,わざわざ理由を考えたり,説明したりするほどのことはない(と考えられる)からです.実際,車を頻繁に運転している人にとっては,たとえば,上り坂や曲がり道などで渋滞が起こりやすいなど「経験的に」理解しているでしょう.ドライバーは運転することにかけてはプロですから,多くの「経験」を蓄積しているでしょう.

ところで,「経験的に知っているけれどもそれを文章,図あるいは絵などによって表現できないような知識」は「暗黙知」と呼ばれ,それに対して「文章などで表現できる知識」は「形式知」と呼ばれています.この場合,ドライバーは渋滞に対して何らかの「暗黙知」を有しているといえます.経営の文脈では,こうした日常の業務にかかわる「暗黙知」を「形式知」にする試みがなされているようです.

「暗黙知」を「形式知」に転化させる作業は,研究に関して当てはまりそうです.渋滞に限らず様々な分野で「暗黙知」やそれらに関する「ネタ」はいたる所にころがっています.それらの「ネタ」の中から面白いものを見つけ出して,それを一般的な問題として表現し,それによって何らかのインプリケーションを得ることは,ひとつの研究スタイルです.たしかに「面白いネタ」はわりと身近なところにあります.

   著者プロフィール
 手塚 広一郎
(てづか こういちろう)
 
 
 


経歴
1995年3月 一橋大学商学部卒業
2000年3月 一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学
2002年4月 福井大学教育地域科学部 助教授(2007年より准教授)現在にいたる
2005年3月 一橋大学博士(商学)取得

受賞歴
2001年日本交通学会賞(論文の部) など

主な論文
"A Game Theoretical Analysis of the Spot Prices in Wholesale Electricity Markets," Proceedings of 30th annual IAEE International Conference ,Feb.2007(大東文化大学石井昌宏氏との共著)
「不定期船市場におけるスポット運賃と先物価格の形成 −数値計算によるバイアスの検証を中心として−」『海運経済研究』第40号,2006年10月(京都学園大学石坂元一氏との共著)
「航空産業における競争,安全性,およびインセンティブ」『運輸と経済』第67巻2号,2007年2月.


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