028 バーナード・ショーの逸話
2013年 2月
東京女子大学 教授
竹内健蔵

 昨年は高速ツアーバスの事故がいろいろと物議を醸した年であった。それ以降、高速バスの規制のあり方や、安全対策の強化などがマスコミを通じて声高に主張されるようになった。しかし今回の事故よりも前に、既に従来のバス規制のあり方について国土交通省内において検討会が開かれており、新たな規制の枠組みが提案されていたことはそれほど大きくは報道されていない。まさに新しい規制の枠組みを適用しようとしたときに大きな事故が起こった。
 私は昨春まで、その高速バス・貸切バス分野の規制に関する検討会に参加させていただいた。特に高速バス分野においてはツアーバスの台頭が著しい。ツアーバスは多様なマーケティング戦略と魅力的な製品差別化戦略で顧客の心をつかみ、高速バス市場の拡大に大きく貢献した。その一方で、もちろんツアーバス事業者があまねくそうだというわけではないが、バス停がないために乗降時の乗客が危険にさらされ、一部の事業者では安全性がおろそかになっているのではないかという指摘がある。事実昨年の関越自動車道の高速バス事故はそれを物語っているものともいえる。
 一方、従来からの高速乗合バスは、ツアーバスに市場を席巻されながら、規制の厳しさもあって弾力的、機動的な経営戦略を立てられず、苦境に立っていることが多い。しかしその反面、バス停が確保されているなどの利点を活かした安全着実な運行には定評がある。今回の規制の見直しは、ツアーバスの進取の気性に富んだ優れた経営センスと、高速乗合バスの安全で着実な運行という両方の利点を取り込んだ新しい高速バス市場を目指したものであると言える。
 そこで思い出すのが、アイルランドの著名なノーベル賞受賞作家であるバーナード・ショーと、ある美人女優との逸話である。あるパーティ会場で、その美人女優がバーナード・ショーに次のように話しかける。「あなたの知性と私の美貌を兼ね備えた子供が生まれたらどんなに素晴らしいかしら。」これに対して、バーナード・ショーは次のように切り返したという。「あんたの頭と俺の面の子供が生まれたらどうするね。」
 このように、お互いの良い面を取り入れようとしたにもかかわらず、案に相違してお互いの悪いところばかりが出てしまったものとして、交通分野では第三セクター鉄道がある。本来、第三セクター鉄道は、民間部門の経営のセンスと、公共部門の責任ある供給義務の実現という、両者の良い面をそれぞれ取り入れて地域に良質の鉄道サービスを提供しようと工夫された制度である。ところが実態は、民間部門の責任回避による沿線地域住民への赤字押しつけと、公共部門の経営センスのなさという両者の負の面が皮肉にも遺憾なく発揮され、その結果として、ほとんどの第三セクター鉄道は経営難に悩まされている。まさに、バーナード・ショーのいう「あんたの頭とおれの面」が出た典型的な事例である。
 さて、今後の高速バス事業はどうであろうか。無論、ツアーバスと高速乗合バスの双方が持つ良い所だけを取り出せるようにと関係者が最善の策を考えて、その結果として新たな規制のあり方が提案されたわけであるが、まだ動き出したばかりで、果たして期待された通りの成果が出せるかどうかは現段階ではまだわからない。現在も重大事故を受けて新たな検討会が進行中である。高速バス・サービスの成否は事業者の魅力あるサービスの提供、そして利用者の事業者を選別する目、さらに規制当局の安全に関する監視の的確さなど多くの要素にかかっている。今後の動向を注視したい。



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