005 「はんなり」と「てんこつ」−綱さんの死をいたむ− 2005年3月
同志社大学 名誉教授 榊原胖夫

 京ことばに「はんなり」というのがある。「なで肩の」とか「やさしい」とか「優美な」という意味である。「はんなり」の反意語は「てんこつ」で,それは「ぶこつ」「いかつい」「無粋」という意味である。京ことばも「しんどい」など全国化しているものもあるが,東京人が「はんなり」というと,「はんなり」と聞こえない。「はん」にアクセントをつけるから「ぶこつ」に聞こえるのである。

 先日京都大学土木学科佐々木綱名誉教授が亡くなった。「綱さん」とはいくつもの調査研究会でいっしょだったし,地元のテレビで1年間「きょうの京,あすの京」という番組を担当したこともあった。綱さんの発想はいつも斬新でユニークであった。それだけでなく,探究心がつよく勉強家で,専門外のことでも関心をもてば徹底的に追求した。

 京都府大江町の鬼公園のことでごいっしょしたときは,委員会がはじまる前から日本における「鬼」という概念の発展について綿密に調べていた。熊野の開発では,熊野の歴史だけでなく,熊野に育ちやすい,そして現金化しやすい植物をよく知っていた。かれはあらゆる開発計画はその地の歴史,風土に根づいたものでなければならないと考えていたのである。

 若いころの綱さんは理論家だった。京大の経済の研究会で綱さんの話を聞いたときも,かれの書いたいくつかの論文を読ませていただいたときも,かれは理論に関心が深い土木工学者であるという印象が強かった。それが委員会でごいっしょするようになった70年代末ごろにはすっかり変わっていた。

 直接確かめたわけではなないが,「綱さん」の変化には1970年代に世界中でふきあれた「大規模投資」にたいする反対運動があった。1970年代は60年代の「サイエンス」万能から「フィーリング」の時代に変わっていた。サイエンスの発達によって,確かに人間は月に到達した。しかし,それが人間の生活に何のかかわりがあるのだろうか。

 60年代に都市計画は「サイエンス」になった。道路を造るにも需要を予測し,供給計画をつくり,資金計画をたてるようになった。それで都市に住む人びとの生活は便利になっただろうか。大規模投資計画は空港であれ,都市内高速道路であれ,住民のはげしい反対運動に直面した。反対運動は土木工学者や地域計画学者にとって大きなショックであった。自分たちが精魂をこめ住民にとって最善と思って造った計画になぜ住民が反対するのだろうか。

 学者の多くは,「住民は無智で何が自分にとって利益になるかを知らない」からだと考えたし,別の人は反対運動は「地域エゴ」にすぎないと論じた。

 「綱さん」は住民にうけいれられない計画は,計画の側に欠陥があると考えた。かれはそれを社会心理学的にとらえ,「インターディシプリナリー」アプローチをもって克服しようとしたのである。

 かれは次第に仏教に深い関心をもつようになった。かれの仏教についての知識は並みの坊さんの知識をはるかに超えていた。かれはまた陰陽道も追求した。かれはよく「男らしさ」「女らしさ」という言葉をつかうようになった。つまりこの世は陰と陽によって成り立ち,両者のバランスを保つことが土木においても重要だというのである。

 土木工学者の口から「男らしさ」「女らしさ」という言葉を聞くと,人びとは冗談かと思った。しかし,「綱さん」はまじめだった。かれは,科学的に立証され,どこにでも通用しうるひとつの最善の土木計画があるというような主張を批判していたのである。

 京都市のある委員会で「綱さん」は,「京都人は着物を着る。着物は足をかくす。したがって京都市内の高速道路は地下になければならない」といった。人びとはかれの主張をまじめにうけとらず,論理の飛躍を笑った。しかし,「綱さん」は道路建設のコストだけ考えるのではなくて,京都の文化を考えるようにと言っていたのである。

 私も21世紀の道路建設は,地域の風土や歴史を十分に考慮にいれなければならないと思っている。綱流に考えれば,高速道路は「男」性的な存在である。巨大なコンクリートの構造物は存在するだけである種の脅威感をふりまく。綱さんは少なくも「てんこつ」な道路ではなく「はんなり」した高速道路を考えよといっていたような気がしてならない。

 綱さんの冥福を心から祈りたい。

   著者プロフィール
 榊原 胖夫
 (さかきばら やすお)
 榊原胖夫


経歴
1952年3月 同志社大学経済学部卒業
1954年3月 同志社大学大学院経済学研究科修了(修士)
2000年4月   関西外国語大学外国語学部教授 現在に至る

主な著書
『航空輸送の経済』(晃洋書房)1999年1月
『インターモーダリズム』(勁草書房)(共著)1999年7月
『アメリカ研究…社会科学的接近』(萌書房)(著)2001年7月
 その他論文等多数


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