015 道を極める 2006年11月
道路経済研究所 理事長 杉山雅洋
(早稲田大学商学学術院 教授)

 どの世界にも道はある。その道を極めることのできる人は希な存在である。本人の人知れぬ努力とともに、環境にも恵まれることが「極める」ことにつながっている。

 世界のホームラン王の王貞治さんの生涯ホームラン記録868本が、いかなる数字かを身近な例に置き換えてみると、超人的なものであることが実感される。シーズン40本を21年間打ち続けても届かない大記録である。ちなみに、2006年のセ・リーグ記録は40本を上回っているが、パ・リーグ記録は40本にはるかに届いていない。シーズン55本の記録は日本でも破られる可能性はあろうが、868本の生涯記録は試合数の多いメジャー・リーグにおいてさえ破られるものではないであろう。

 王さんの現役時代の猛練習はいまや伝説のものとなっている。荒川博コーチとの真剣を使った深夜の猛特訓は今日では想像さえでき難くなっている。ある席上、「荒川コーチ、王選手のコンビはその後何故生まれないのですか」との質問が出された。「荒川さんは私生活を犠牲にしてくれたが、このことが望み難くなったからでしょう」というのが王さんの即答であった。4タコ(4打数ノーヒット)といった試合後、夜中の2時、3時に荒川コーチの自宅に電話、「スウィングをみてください」と要請した。「わかった、すぐ来い」との返事から、荒川家の一室で明け方までの練習が続いた。畳が何枚も磨り減ったほどのものであった。大記録はこのような日ごろの猛練習の積み重ねによるものである。夜中の2時、3時に電話を受けたら、何人が受話器を取るのであろうか。電話に出たとしても「何時だと思っているのか」と怒鳴るのが精々ではないだろうか。常に練習に取り組んだ王さんもすごいが、それを積極的に受け入れた荒川さんもすごい。個人主義の時代に私生活を犠牲にすることが果たして何人にできるのであろうか。王さんのケースでは、本人の努力と、それを結実させた環境が大記録を生んだ、ホームラン道を極めたことにつながったのであるが、このことはいろいろな世界での大きな教訓である。

 ちなみに、荒川さんは散歩の途中で草野球時代の王少年を見出した人である。右利きのお兄さんの影響だけで右打席で打っていた王少年に「坊や、左で打ってごらん」とアドヴァイスをした直後に2塁打を打った才能を、即座に見抜いた。ただし、どの道でも才能だけで生き抜くことはできない。才能を大きく開花させる練習が大事であることを、野球人の荒川さんは熟知していた。だからこそ、深夜の特訓を共にしたのである。そこには王選手に対する限りない愛情があった。現役時代を終り、「これ(王さんのこと)が、これが」とあたかも息子に対してのごとく語る荒川さん眼差しは常に優しい。

 メモリアル・アーチを打つたびに「丈夫な体に産んでくれた両親に感謝したい」と語っていた王さんを病魔が襲うことになろうとは想像もできなかった。王さん自身はまだまだ野球道を極める必要があると思っておられるであろう。元気な姿で野球道に取り組む姿を切望しているのは私だけではない筈である。

   著者プロフィール
 杉山 雅洋
 (すぎやま まさひろ)
 杉山雅洋


経歴

1966年3月 早稲田大学第一商学部学部卒業
1971年3月 早稲田大学大学院商学研究科博士課程終了
1981年4月 早稲田大学第一商学部教授、現在に至る(早稲田大学商学学術院教授)

主な著書

『コンテナリゼーション』鹿島出版会、1972年、(共訳書)
『交通の経済学』有斐閣、1977年、(共著)
『西ドイツ交通政策研究』成文堂、1986年
"Preisbildung offentlicher Unternehmen im Verkehrssektor"
 その他論文多数


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