021 駅弁・空弁・速弁・道弁 2008年1月
相模女子大学学芸学部人間社会学科准教授 湧口 清隆

 旅の楽しみの一つは、目的地や道中で食べる郷土色豊かな食であろう。そんな庶民の楽しみを手軽に実現させてくれたのは駅弁だった。駅弁の誕生は諸説あるが、通説では1885(明治18)年の宇都宮駅の握り飯とされている。爾来約120年余り経った今日、空弁、速弁、道弁の3兄弟が加わり、旅の弁当ブームはいっそう盛り上がっているようだ。昨年(2007年)5月に台湾に行ったら、ある日系コンビニが日本の駅弁フェアを開催中でえらく驚いた。

 近々といっても、この(2008年)春開設される新学科の学科長に選ばれて超多忙になってしまったので「春永に」ということになってしまいそうだが、旅の食をテーマに、交通論、交通経済学のテキストを書きたいと思っている。年1回、食物学科の学生を対象に講義をする機会があり、「駅弁・空弁・機内食」と題してお昼前に90分の特別講義をするのであるが、初めは高くてまずい弁当と思っていた節のある女子学生たちも、終わり頃には大半が駅弁・空弁・機内食のファンになってしまい、併せて交通経済学にも興味を持ってくれる。講義のなかで、速弁や道弁をいっそう充実させれば、自動車離れが顕著になりつつある現代の若者、とくに女子大生たちのドライブ人気に火をつけるかもしれない。考えてみれば、1世紀前にドライブ・ブームを創り出そうとした「(赤)ミシュラン」の東京版発刊が何週間も人々の話題に上るのだから。20歳代女性の海外旅行者数が大きく減少して困っている旅行業界や航空業界にとっても、空弁や機内食がブームになれば、こんな有難いことはないだろう。旅のナビゲーター、ドライバーはカレシのような気がするので、鉄子ブーム同様、若者文化にまで登りつめることも夢ではなかろう。

 駅弁、食堂車、機内食、空弁、速弁、サービス・エリアそして道弁の栄枯盛衰、発展は、背景にある鉄道、飛行機、自動車産業、道路整備、高速道路整備、高速バスの動向、さらには国の政策とも無関係ではない。富国強兵のスローガンのもと大陸にまで国土が広がるなかで、長距離の移動が増え、道中の食事が重要事項になった明治後期から昭和初期。戦後、高度経済成長を遂げると、高速化による所要時間の短縮や窓の開かない列車の登場で駅弁は危機に。さらにコンビニの全国展開、デパ地下、エキナカの発展のなかで、コンビニ弁当やファースト・フードに押され、駅弁屋は幕の内弁当を中心とする普通弁当から地元の特産にこだわる特殊弁当に軸足を移し、スーパーやデパートの駅弁フェアにも力を入れた。同じ流れのなかで食堂車も絶滅寸前の状態。航空の規制緩和の影響で、庶民の航空機利用も進む反面、運賃競争激化に伴い、普通席やエコノミー・クラスでは機内食の廃止、簡素化、有料化が進む。代わって国内では空弁がブームになった。規制緩和のもと、高速バスやツアー・バスが人気を博し、速弁や道弁もブレーク寸前である。もちろん高速道路会社の営業努力や自治体間の競争効果の結果もあろう。

 忙しく移動するなかでのちょっとした楽しみ、駅弁や機内食の撮影とラベル集めに目下奔走中である。いつの日にか、旅の食事から学ぶ交通経済学のテキストを実現させたいものだ。

   著者プロフィール
 湧口 清隆
(ゆぐち きよたか)




経歴
一橋大学商学部、同大学院商学研究科、(財)国際通信経済研究所研究員、九州大学大学院比較社会文化研究院客員助教授、相模女子大学学芸学部専任講師を経て現職。
2008年4月から相模女子大学人間社会学部社会マネジメント学科長に就任予定。


主な論文
共著に『自由化時代の交通政策 現代交通政策II』(東京大学出版会、2001年)、『EUの公共政策』(慶應義塾大学出版会、2006年)などが、翻訳書に『クロアチア』(白水社文庫クセジュ、2000年)、『ヨーロッパの超特急』(白水社文庫クセジュ、2001年)がある。

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