023 ドライバーにやさしい制限速度
2011年12月
高崎経済大学准教授 味水 佑毅

 昨年の夏にリスボンで開かれた世界交通学会に参加した際、ポルトガル国内をレンタカーで移動する機会を得た。ポルトガルは、世界中の多くの国と同じく、自動車は右側通行であり、左側通行に慣れた典型的日本人ドライバーとしては、走り始めた最初の数分が、最初のどきどきポイントである。  しばらく走っていると慣れてくるのだが、実は慣れてきた頃が危ない。特に、たまたま前後に車がいない環境で右左折などすると大変である。ついつい、いつもの癖で左車線(現地では反対車線)に入りかけてあわてることがある。あわてるとよいことはなく、軌道修正のためにウィンカーを出すはずが、なぜかワイパーが高速で動き始める。しまいにはウォッシャー液まで出てくることなど、海外で運転する時の恒例行事となっている。
 さらにポルトガルで借りたレンタカーはマニュアル車で、15年前の免許取得からオートマチック車しか運転していない、これまた典型的日本人ドライバーとしては、停車するたびに半クラッチとの緊張感に満ちた戦いが始まる。そんな極限状態のなかで、これまた日本にはないラウンドアバウト(円形の交差点)、しかも複数車線となると、絶叫モノである。内側車線にはなかなか入って行けず、ひたすら外側車線で270°周回することとなる。でも本当に絶叫したかったのは、助手席のN先生をはじめとする同乗の4人の先生方だったであろう。謹んでお詫び申し上げたい。

 それはさておき、ようやく走行に慣れ、ポルトガルの高速道路を走っていると、下の写真のような標識に遭遇した。当然速度制限に関する標識なのだが、ポルトガルの高速道路の最高速度制限は120km/hである。最初は、日本の80km/h制限区間と同様に、一部区間だけ最高速度が低く設定されているのかと思っていたのだが、これが何度も出てくる。それでようやくわかったことは、これが「最低」速度制限を表す標識であるということである。すなわち、左側車線(追い越し車線)は90km/hから120 km/hで、中央車線は70km/hから120 km/hで、右側車線は50km/hから120 km/hで、それぞれ走行するように定められているのである。



 ポルトガルは、日本より最高速度制限が高いことからも容易に想像できるように、多くの車がスピードを出して走行している。しかしながら、運転しながら周囲を観察していると、左側車線には最高制限速度以上であっという間に過ぎ去ってゆく車がいる一方で、右側車線には比較的ゆっくりと走っている車もいるのである。速い車を左側車線に、遅い車を右側車線に、速度制限というルールを通じて誘導するこの方法は、ソフトな施策で快適な走行環境を形成する一例と言えるだろう。

 ひるがえって日本では、最高速度制限と最低速度制限は、それぞれ100km/h、50km/hと、全車線一律に定められている。しかしながら日本でも、追い越し車線は速い車が多く、走行車線は遅い車が多いという実感がある。もしこの実感が正しければ、全車線一律の速度制限は検討すべき課題と言える。
 今年、研究室の学生の一人が、普通車へのスピードリミッターの導入に関する卒業論文に取り組んでいることから、この卒業論文のなかで、上記の実感を検証してもらうこととした。検証は、埼玉県内某所の関越自動車道(3車線)上の陸橋に学生3名がスピードガン(野球の投球の速さを測定するアレです)を構えて待機し、走行してくる車の速度を測定し、それをさらに後方に待機している記録係の学生に伝えるという方法で実施した。その結果を整理したものが下の図である(縦軸は当該車線において該当する時速の車両の割合)。


 追い越し車線では、6割以上の車が最高速度制限を超過しているという事実にも驚きであるが、それ以外にも、図からは、車線によって速度分布が異なり、ピークは左側車線から順に高くなっていることが読みとれる。なお、平均速度は、左側車線が83.4km/h、中央車線が93.6km/h、右側車線(追い越し車線)が102.6km/hであった。  この結果は、あくまで集計データであって、時々刻々と変化する走行環境によって変動が生じることは否めない。しかしながら、90km/h未満で走る車が7割以上を占める左側車線で100km/hの速度で走行する車や、反対に追い越し車線で90km/h未満で走る車がいることは、高速道路における走行の快適性を考えたとき、必ずしもよいとは言えない。この点、ポルトガルのように車線ごとに異なる最低速度制限を設定することは、きわめて有用だと考えられる。ぜひ我が国でも検討していただきたい施策と言えるだろう。
 本当は、最高速度制限についても議論したいところではあるが、紙幅も大幅に超過しているので、またの機会に。皆さんも海外に行ったら、ぜひレンタカーを借りて運転してみませんか。絶対、新たな発見がありますよ。


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