035 途上国における交通システム支援で重要なこと
2015年 4月
首都大学東京大学院 教授
小根山 裕之

 最近,留学生がいた関係でラオスの首都ヴィエンチャンに行く機会が何度かありました.東南アジアの経済発展は目覚ましく,ラオスも注目される国の一つです.しかし,タイ,ベトナム,マレーシアなど周辺の国々と比べると,まだ馴染みの薄い未知なる国,というイメージが強いかもしれません.ここでは,ヴィエンチャンで見聞した交通関連のエピソードを紹介しつつ,途上国における交通システム支援の課題を考えてみたいと思います.
 まず,交通信号制御の事例から.ランサーン大通りという,最も主要な通りがあります.大統領公邸からヴィエンチャン最大のマーケットの横を通り,凱旋門をくぐり,官庁街の横を渡るヴィエンチャン市内で最も主要な通りです.朝の通勤ラッシュ時間帯には,ちょっとした渋滞が発生します. 市場周辺では約800m区間に4つの信号交差点が設置されています.信号交差点が近接している場合には,同一サイクル長,同時オフセットにより制御するのが一般的です.しかし,これら4交差点は全く異なるサイクル長,かつ時間帯によらず完全固定信号パラメータで制御されていた.そのため,交差点を発進した車両は次の信号で停止を余儀なくされことが多く,交差点間隔も短いことから発進流が阻害されてしまいます.更に,進入路別現示を採用しており,主方向スプリットも大きくできません.これでは朝ラッシュの需要には対応出来ず,渋滞が発生します.そこで交差点毎に控えている警察官が登場し,完全に信号を無視して主方向の交通を流します.信号灯器は見たところ立派で,外国の技術による高性能な制御システムが入っているように見受けられます.しかし,全く機能していません.更に,歩行者信号は常時赤か,滅灯しています.このケース,ちょっとした対策で劇的に渋滞が改善するでしょう.制御に必要な知見が引き継がれていないこと,制御や運用に回すべき予算が確保できていないことなどが問題と思われます.
 別の事例を紹介しましょう.市内の主要な通りには,バス停らしき施設が整備されています.屋根,ベンチもある立派な施設で,路線によってはバスベイも整備されています.しかし,バスはいくら待っても来ることはなく,休憩所のように使われていることもあります.おそらく,外国の援助によるバス路線導入が失敗したのでしょう.中心地の公共交通はもっぱらトゥクトゥクという,東南アジアでよく見られる小型の相乗りタクシーが担っているのですが,トゥクトゥクドライバーが非常に大きな力を握っており,路線バスの導入が頓挫したとのことです.市内には日本の支援により導入した緑色のきれいなバスが多数走っていますが,もっぱら郊外路線のようで,ぱっと見て目的地は分からず,途中乗降場も分からず,時刻表や路線図もなく,ごく一部の人を除き利用は困難と思われます.
 これらの事例から感じることは,運用,つまりソフトが適切に整備されていないため,ハードの整備が十分に生かされていないケースが相当あるのでは,ということです.おそらく,その中の少なからぬ部分は日本を含む外国からの支援によるものでしょう.担い手となる技術者の育成がうまく行かなかったこと,現地の交通文化に合わない運用であったこと,予算がなくても回すことのできるローコストなシステムになっていなかったことなど,問題が多々あったと思われます.
 いずれにしても,現行の運用のままでは,今後急速な発展を遂げると早晩パンクするのは目に見えています.とはいえ,他地域で成功したモノを何の考えもなく導入したところで,上のような事態が起きるだけです.何よりも現地の問題意識に寄り添いながら,計画や運用を担う現地の人を地道に育成しつつ,維持できるシステムを導入していくことが,何よりも重要なことでしょう.
 



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